ホーム > へたのよこずき

へたのよこずき

共食い

第146回芥川賞受賞作、「共食い」読みました。

書店に単行本が平積みされてましたが、薄い本で1050円。

文芸春秋最新号には、同時受賞作の「道化師の蝶」も併載されていて890円。

他にも面白そうな記事があったので、田中氏へのご祝儀の100円はやめにして890円を買いました。

 

こっちにしといてよかった。

田中氏のプロモーションに乗らなくてよかった。

 

物語の舞台やシチュエーションは悪くないのだが。

人物設定が浅いというのか、登場人物が浮かび上がってこない。

詳しく書くとこれから読むひとに悪いのでボカして書くが、AからB、BからC、CからDに物事が移っていく必然性が

まったくと言っていいほど感じられない。

最後の方は、80年前後の日本の独立系映画を思わせるような映像が浮かんだが、ストーリー展開に無理があるため、の

めりこめない。

意図したものではないにせよ、あの田中氏のプロモーションは大成功だった。

あれで2000万円稼いだようなものだ。

 

もうひとつの受賞作「道化師の蝶」。

「実験的作品」などと評されているようですが、読みにくいことこの上ない。

2、3ページほどで投げ出しました。

今後再びページをめくる日がくるかどうか。

自信ありません。

 

前々回の西村賢太にはそれなりに共感できたんだけどなぁ・・・

長い旅

本村さんの旅もやっとひと息つけるところまで来ました。

13年という長い間、余計な穴を埋める作業はなんだったんでしょう。

 

死刑判決を受けた「元少年」にも酌むべき事情があったのでしょう。

それでもこの判決は妥当だと私は思います。

 

でも法務大臣がしかるべき仕事をしないと、この判決も有名無実になってしまう。

引き続き・・・

きのうから今日にかけて、ホイットニーの合衆国国歌とI Wanna Dance With SomebodyをYou tubeで何度も聴きま

した。

 

そのうち他のシンガーと比較してみたくなって、合衆国国歌の映像を探したら、これが思いのほか多く見つかりまし

た。

ビヨンセ、ジェニファー ハドソン、マライヤ キャリー、シェリル クロウ、ケリー カールソン、アレサ フラン

クリン・・・

初めて名前を聞くひともありましたが、女性だけでもこれだけありました。

おそらくもっとあるでしょう。

 

ほとんどがフットボール競技場や野球場で、彼女が歌ったフットボール場と同じ条件の屋外だ。

ご存じのように米国の歌手は歌がうまい。

うまくて当たり前。

どこかの国みたいに、調子はずれでも公衆の面前で人気男性グループのリーダーが臆面もなく国歌を歌うのが許され

るほど甘い環境ではない。

よって上記の人たちも並々ならぬ実力者揃いである。

 

音楽なんかは好みの問題だから、私と違う意見もあって当然だが、私は圧倒的にホイットニーに一票を投じます。

この精鋭たちのなかで、一歩も二歩も飛びぬけてます。

 

今日の朝刊に全面広告がありました。

ステージ上で両手を広げ、ロングドレス姿でバックライトに浮かび上がるホイットニー。

その下には1985年から2009年まで発売順に13枚の小さなCDジャケットの写真。

キャッチコピーは HER VOICE WAS THE GREATEST LOVE OF ALL 。

 

私の気持ちは揺れてます。

きのうの夜、ビートたけしが司会を務めるナントカいう番組で先日亡くなったホイットニー・ヒューストンを取り上げ

ていた。

 

私は音楽にそれほど詳しくはないが、この人は好きだった。

とはいえ、彼女に関しても、その曲に関してもそれほど詳しくはない。

しかしやっぱり凄いなと思いました。

 

画面には、1991年1月27日、アメリカンフットボールの第25回スーパーボールの試合前に合衆国国歌を独唱するホイッ

トニーがいた。

もともと力強い堂々とした国歌であるが、彼女が歌うことによってその力強さは100倍に増幅された。

オリジナル曲でない、あまたの人に歌い継がれた曲をここまで自分のものにできる人が他にいるだろうか。

このとき合衆国は湾岸戦争の最中(さなか)にあり、この歌は合衆国国民をひとつにしたと言われるのもうなずける。

 

私がこのひとを初めて知ったのは30歳くらいの頃だったと思う。

「I Wanna Dance With Somebody」という、まさにアメリカというはじけた曲に心奪われた。

「仕事」で歌っている感じがまったくない、自由奔放でいて寸分の狂いもない。

笑い声さえ滑り込ませるその余裕はなんなんだ。

 

その曲に限らず、圧倒的な声量と暴力的なまでの美しさの高音域。

冬になるとどこかのスポーツ用品店のCMに出てくる、キンキン声を張り上げるだけの日本のネェちゃんとはモノが違

いすぎる。

 

おいしい豆腐が醤油を必要としないように、この人の歌をアカペラで聴きたい。

そんなCDはないんでしょうか。

 

しかしこの人にしても、マイケルジャクソンにしても、富も名誉も欲しいままにしたスーパースターの晩年が寂しいの

はなぜなんでしょう。

ご冥福をお祈りいたします。

 

善意

休眠口座なる、何年間も取引のない銀行やゆうちょなどのお金を有効利用しようかという案が出ている。

毎年800億円程度の額が新たに出てくるらしくバカにならない。

そのほとんどが1000円未満だそうで、これはATMで小銭が引き出せないことに深く関係していると思う。

私も大阪にいた頃、何百何十何円かを某都銀にその権利をくれてやったことがある。

 

そのお金を復興支援に充ててはどうかというのが骨子らしいが、それに関するテレビの街角インタビューではふたつに

割れた。

(もっともふたつを並べるのがテレビだとは思うが)

ある人は「放っておかれてるお金なら有効に使ってほしい」と言うし、またある人は「個人のものを一円といえども国

が勝手に使うな」と言う。

 

私は、莫大な金額になるであろう復興支援金には焼け石に水だとは思うが、やはりそっちに回してほしい。

10年の間忘れ去られているというのは権利を放棄したと考えてはいいのでは。

遺失物が拾い主に権利が移る期間は、かつては6ヶ月であったが今は3ヶ月であるという。

ならば10年経つならもういいではないか。

 

積もったチリを役立てましょう。

私のスーパースター

円がドル対して久方ぶりに79円代をつけました。

「安ぅなったなぁ~」と思う自分の感覚が怖い・・・

 

私が小学校の5年生くらいの頃だったと思う。

グループサウンズというものが流行った。

その1、2年前くらいに世界中を席巻したザ・ビートルズのような形態のバンドを指す。

4、5人くらいの編成のグループ(今はユニットなどと呼ぶのか)がほとんどで、その中で一番人気だったのがザ・タイ

ガースだった。

 

京都出身で、ジュリーこと沢田研二、サリーこと岸辺一徳、タローこと森本太郎、トッポこと加橋かつみ、ピーこと

瞳みのるの5名から成るバンドだった。

ボーカルの沢田研二の名前をご存じの方は多いだろうし、岸辺一徳は俳優として独特の境地を開拓しつつある。

 

私はドラマーだったピーの大ファンだった。

背は5人の中で一番低かったと思うが、かわいい笑顔でジュリーの次に人気があったようだ。

 

そんな人気絶頂だったザ・タイガースからある日突然ピーはひとり脱退する。

真相は詳しくは知らないが、芸能界に嫌気がさしたという見方が大半を占めた。

 

その後彼は故郷京都に帰る。

ほどなくしてなんと慶応大学文学部に合格を果たす。

そしてまたその数年後、慶応高校の漢文の先生として赴任するのである。

 

その頃の彼は芸能界と接点があったことに触れられるのを極端にいやがり、純粋に高校教師としてのみの生き方を選ん

でいたようだ。

 

数日前の新聞広告を見て驚いた。

10㎝四方くらいの小さなものではあるが「瞳みのるトークライブ」という文字があった。

 

内容から推察するに中国文化と音楽とを融合させたようなトークショーのようだ。

二度とかつてのファンの前に現れないだろうと思っていたのでビックリした。

 

調べてみると去年くらいからラジオやらにちょくちょく顔を出しているとのこと。

得意の中国文化をからめた芸能界復帰と言ってもいいかもしれない。

 

HPの写真は歳を重ねたとはいえ、まぎれもないピーのものだった。

いい歳の重ね方をしている。

「人見(本名)先生」の年輪がにじみ出ている。

 

4月15日(日)に京都でそのトークショーがある。

行きたいなぁ・・・

 

 

思い違い

私がMBS(毎日放送)ラジオのファンであることは以前に何度も書いた。

MBSの中でも今一番のお気に入りは、午後0時半からの「こんちはコンちゃん お昼ですよ」という番組だ。

 

コンちゃんというひとは元MBSのアナウンサーであったが、途中退社してタヒチで結婚式プロデュース業などを経営、

その後日本に戻り、MBSを中心にフリーで活躍している人だ。

 

そのコンちゃんが今日の生放送中、間違いをおかした。

「燃える氷」の別名を持ち、日本列島周辺の海域に豊富に眠る、今注目の次世代燃料「メタンハイドレート」について

話していた時のこと。

 

「どうてんきょうち」という発音が耳に入った。

文脈から、どう考えても「驚天動地(きょうてんどうち)」だろう。

早稲田大卒、60歳を超えたひとでもこんな間違い犯すんですね。

 

もちろん私だって間違ったまま、それが正しいと思って使ってることもあるだろう。

初期の「へたよこ」にも書いたが、その代表例は「好々爺(こうこうや)」を「ひひじじい」と思い込んでいたこと

だ。

幸いこれは仲のいいひとに一回言ったきりで終わったからよかったものの。

(「こうこうじい」と読んだ先輩に対して「Sさん、それはひひじじいと読むんですよ」と大きなことを言ってしまっ

た)

 

金曜日の「こんちは コンちゃん」には「コンちゃん 今週の反省会」というコーナーがある。

これはその週の出演者(コンちゃんのみならず出演者全員)の間違いや問題発言をとりあげて面白おかしく検証する

ものである。

その際、放送の録音が流れて当人をいじくるのである。

これが面白い。

 

さっそく(「驚天動地」を「どうてんきょうち」とおっしゃいませんでしたか?)とMBSにメールしときました。

明日の放送が楽しみ。

貧乏めし

日本経済新聞夕刊に週一回掲載される「食あれば楽あり」という人気コラムがある。

東京農大名誉教授の小泉武夫というひとが書いていて、その文体は気取りのかけらもなく、(決してフレンチのフルコ

ースではなく)普通の食べ物の絵や匂いが伝わってくるとても楽しい文章なのである。

 

きのうのタイトルが「貧乏めし」であった。

私より10歳ほど上の氏の子供時代は、それこそ貧しい時代だったろう。

私が物心つき始めた昭和30年代半ばにしても貧しかった。

特に食べ物に関しては。

今のようにスーパーマーケットに量、種類とも数多く並んでいることなどなかった。

もっともスーパーマーケット自体、日本にどれだけあったか。

 

物心つき始めた頃、4、5歳頃か。

子供の口に合いそうなおかずがないときに、私は白いご飯を調味料で食べた。

ある時は醤油をたらし、ある時はウスターソース。

ケチャップやマヨネーズのこともあった。

今はあまり見かけないが、アジシオという塩と味の素がミックスされたようなものがあり「マイルドな塩」という感じ

で、これもイケた。

 

氏の言う「貧乏めし」とはこういう調味料めしのことだ。

中でも氏のお気に入りは「人造バタめし」というものだった。

マーガリンを人造バターと呼んでいたらしく、マーガリンを熱いご飯にのせ、醤油をたらす。

今でもバターでこういう風にするひとはいるんじゃないでしょうか。

 

私の記憶が確かならば、私がこの食べ方を知ったのは中学校に上がる少し前くらいだったと思う。

雪印がバターの消費を促そうと考えたのだろう、テレビCMでこれをやった。

湯気が立ちのぼる熱々のご飯にとろけていく黄色いバター。

そこにからまるちょっと薄い黒の醤油。

うまそうに見えてすぐ真似しました。

 

時代も移り、貧乏めしも進化したようです。

氏の「人造バタめし」も発展しました。

名前は忘れましたが「レシピ」は覚えてます。

 

当然湯気が立つご飯。

バター。

ここまでは変わりません。

からし明太子が登場。(この時点で「貧乏めし」の資格があるのでしょうか)

もみのり。

以上。

 

作り方なんて書かずともわかりますね。

熱いご飯にとろけるバター。

そこにまぶされる明太子の赤が散らばる。

のりの黒がアクセントで引き締める。

 

これを読んだひとの何人が試すかなぁ。

 

 

熱血

昨日の飲酒強化デーは京都市山科区、京都真門ジムの野口会長を巻きこんでしまいました。

興行が終わって、お互いひと息ついたところで語り合おうとの目論見。

 

午後7時前に着いたところ、まだ会長は不在。

ふたりの高校生だけでした。

しかたなくすぐ近くの、京都真門練習生が経営するスタンドバーで一杯やりながら待つことにした。

 

しばらくして会長到着。

ジムに場所を変えると、高校生ふたり、小学生ふたりがサンドバッグに向かっていた。

会長ともうひとり、トレイナー的役割のNさんがアドバイスを飛ばしながらの濃密な練習だ。

しばらくすると一般の練習生も三々五々到着。

土曜日に試合のなかったミドル級の村井選手の姿も。

練習しているのだろう。

一週間後に試合があっても間に合いそうなくらいに絞れている。

訊けば通常で75~76Kgだそうだ。

春野、うかうかしてられないぞ。

 

一段落ついて会長とジム近くの居酒屋「竹内」へ。

ここが最近の私たちのお気に入りだ。

 

話は当然キックのこと。

土曜日の興行のことや、7月のDropout興行、その他なんでも。

いつも思うのは、彼の指導同様キックに対する熱い想いだ。

 

遅れてNさんや会長の奥方も来られ、楽しい宴は続いた。

 

京都真門の小さな空間には野口康裕の情熱が詰まっている。

よみがえれ

土曜日に後楽園ホールで、TEAM KOKの大嶋会長から(最近のへたよこは不真面目度が足りない!)とお叱りを受けま

した。

ごめんなさい、気のきいたおふざけが一番難しいんです・・・

そのうちエロ路線の復活もあるかと思います。

 

さて、きのうは試合後毎度のことながらウチの選手たちに対して好きなことを書きました。

特にヒノ拳に対してはキツイことを。

(お前がどれだけのことをしたんだ)と言われれば返す言葉もありません。

毎回試合会場を沸かすことがどれほど大変か。

西尾だって出来不出来があるし、最高の試合を演じたベムにしろ、9試合目にしてやっと本来のパフォーマンスをお披露

目できたと言ってもいいでしょう。

 

しかしプロと名がつく以上、しかも名が売れれば売れるほど批判にさらされることは明白だ。

ヒノ拳にはそこのところを自覚して、もう一度輝きを取り戻してほしい。

 

 

1  2  3  4  5  6
PAGE TOP