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へたのよこずき

私の履歴書 その1

昭和31年に生を受けた私は、同37年に小学生となる。
その頃の私はおとなしく、成績のいい(当時はですよ)小学生だった。
出しゃばったところのない、フツーのガキだった。
なぜか一学期の学級委員によく選ばれた。
とは言っても35名ほどのクラスがふたつ。
ひと組20名くらいの男子の中からだから、たかがしれている。

私はこれが大嫌いだった。
「代議員会」なる一年生から六年生までの各クラスの学級委員が出席して、なにやら話し
合うのだが、内気な私は指名されて発言するのがとてつもなくイヤだった。

しかし、友達は多かったし、なぜか向こうの方から寄ってくるようなところもあった。

さて成績はいい、と書いたが体育の成績はよくなかった。
5段階中、判で押したように3だった。
特に足が遅く、運動会などは6人中5位か6位が定位置で、毎年秋が来るのが憂鬱であっ
た。
(結局、6年間で4位になったのが一回だけあり、3位入賞は夢の夢で終わった) 

こんな少年は、ある日の新聞のテレビ欄に「キックボクシング」という文字を見つける。
(確か、4年生か5年生の時だった)

翌日学校へ行くと、男子生徒の間ではその新しいスポーツのことで持ち切りだった。
放課後の掃除時間などは、雑巾がけなんかそっちのけでみんな足を高くあげてヒーロー
になりきっていた。
おそらく「沢村忠」の名前も第一回の放送にあったと思うが、彼のみならず、キックボクサ
ーは日本の子供たちの心を鷲掴みにしたはずだ。

私もそれまでプロレスなんかも観ていたが、あれほどの衝撃を受けたことはなかった。

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