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へたのよこずき

私の履歴書 その7

私と同時代の男性なら、半身に構えて小刻みに顔を揺らし「フゥ~ッ、アチャ~ッ!」と奇
声を発しながらサイドキックを放ったひとは多いだろう。

たった一本の無名の東洋人俳優が主演した映画が、世界中を大ブームに巻き込んだ。
当初はカンフーという言葉さえ浸透しておらず、「空手映画」という呼び方をしていた。

チャンバラ映画と同じく、その動きは筋書きにのっとっているにせよ見事だった。
そして公称168㎝、62Kgという屈強とは言い難い東洋人が息もつかせぬ動きで西洋の大
男を手玉に取るのに溜飲を下げた。

ブルースは筋骨隆々の大男ではなかったが、今の言い方を借りれば「細マッチョ」。
ひとつの無駄もないその研ぎ澄まされた肉体がよけいにカッコよかった。

しかし「燃えよ ドラゴン」が封切られたときには、すでに彼はこの世のひとではなく、その
あまりの人気ぶりから過去にさかのぼって「ドラゴン 危機一髪」「ドラゴン 怒りの鉄拳」
「ドラゴンへの道」が相次いで公開された。(のちには未完成作品だった死亡遊戯も)

ブルース・リー作品だけでなく香港のカンフー映画は雨後のタケノコのように公開された。
ほとんどの俳優の名は覚えてないが、「片腕ドラゴン」のジミー・ウォング、倉田保昭との
コンビが絶妙だったブルース・リャンなどは覚えている。
(香港で大成功した倉田氏も憧れでした。NHKの「中学生日記」に体育教師役で出てたの
も覚えてます。)
日本でも千葉真一、真田広之などが後を追った。
高校三年の休み時間、一緒にトイレに立った柔道部のN君に「殺人拳2(千葉真一主演)
観に行こか?」と言って、次の数Ⅲの授業をフケたこともありました。

その数年後には、少しコミカルな感じのジャッキー・チェンやサモハン・キンポーなどが出
てくる。

話をブルースに戻そう。
矢継ぎ早に繰り出されるサイドキック、上段回し蹴り、後ろ回し蹴りなどは男どもを虜にし
た。
フィルムを早回ししたかのようなヌンチャクにも心奪われた。
彦根市内の川島玩具店にプラスティック製のヌンチャクを買いに行ったら、同級生のちょ
っと太った川島君が出てきて、300円を280円にまけてくれたのを思い出す。

なんだか映画史のようになってしまいましたが、ブルース・リーが私の空手への想いをよ
り強めてくれたということを言いたかったのです。

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