ホーム > へたのよこずき > 私の履歴書 > 私の履歴書 その8
へたのよこずき

私の履歴書 その8

10回も書けばこのシリーズも終わりかな、と思ってましたがまだこんなところです。
皆さま、もう少しのご辛抱を。

2年生から5人(または7人。この場合は勝ち抜き戦)の団体戦メンバーに選ばれていた。
3年生の先輩はわずか4人しかおられなかった。
それもT主将以外はたいして強いひともなく、私と能登川中学で主将だったF君と私が2
年生でレギュラーに割って入った恰好になった。

高校時代の私のベストファイトだったと思える試合に触れよう。
あれは地元彦根市での試合だった。
2年生の5月頃だったと思う。
団体戦の結果は芳しくなかったと思う。
二日目の個人戦であった。
今はどうか知らないが、当時の体重区分は軽、中、重量級の3階級で、それぞれ60Kg未
満、70Kg未満、70Kg以上の三階級しかなかった。
当時の私は168㎝くらいで62~63Kg程度で中量級。
その頃はわずか3Kgを落とすという発想さえなかった。(顧問の先生もいたって無関心で、
柔道部を強くしようなんて気はさらさらお持ちではなかった。)

そんな私が初戦で当たった相手は瀬田工業高校(ベムの母校)の主将、3年生のKさんだ
った。
Kさんはインターハイ個人戦にも選ばれた強豪だった。

Kさんの低く入る背負い投げの威力はよく知っていた。
私が勝てる確率は極めて低いと思われた。

しかし私は一回戦だけはどうしても勝ちたかった。
相手が誰であろうが。

試合開始直後、私は得意技のひとつである巴投げの「奇襲」に出た。
Kさんの体は大きく宙を舞ったが、着地寸前、体をひねって背中が畳に着くのを避けた。
判定基準は年々変わっており、今の状況をよく知らないが、ちょっと前の「効果」か「有効」
くらいはあったと思う。

そこからKさんの猛攻が始まる。
得意の右の背負い投げが雨あられと繰り出された。
私の体は何度も一回転させられることになるが、私も体をひねって背中が畳に着かないよ
うに必死だった。
顔面を畳に打ちつけられ、眉間辺りからひと筋の赤いものも流れた。

3分間の試合時間が終わろうとした頃、私の右手が相手の左そでをしっかりつかんだ。
左の吊り手も充分だ。
右脚を相手の脚の間深くに送り、思い切り跳ね上げた。
私の体もろとも、空中で一回転してふたりは畳に落ちた。
当然私の体が上で、Kさんが下。
畳から見上げる恰好で主審の右手があがるのを確認した。

残り2秒の大逆転勝利だった。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.dropout-gym.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/92

PAGE TOP