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私の履歴書 その24

きのうの最後の表現は、ちょっと大げさすぎます。
「人生を大きく変える」なんて「プリティウーマン」のジュリアロバーツほどの劇的な変化に
は到底及びません。
まぁ、私の凡庸な人生にしては大きな変化ということでご了承ください。

その日はNOVAの英会話講師であった、ジムのショーン・キングと瀬田駅前のつぼ八で練
習後飲んでいた。(日本語へただったなぁ。今はどうしてることやら・・・)
そこで私の携帯電話が鳴った。
会長からだった。

私の相手選手が、プロテストとして試合をしたいと言っている。ついては間宮さんもそれで
どうですか、とのこと。

ぷろてすと。
耳を疑った。
この歳でそんな機会が与えられるなんて夢にも思わなかった。
結果は別として、それに挑戦できるスタートラインに立てる。
もちろんふたつ返事でOKした。

今からもう9年近くも前だったろうか。
場所は埼玉県のどこかだったと記憶している。
プロ興行の前に、アマチュア試合とともにテストは行われた。
ライト級でのテストだった。
相手は神武館のK選手。(のちにライト級で7、8戦は戦ったと思う)
当時23歳でちょうど私の半分。
タフな試合になるのは覚悟の上。
しかしこの千載一遇のチャンス、逃してなるものかと静かに燃えていた。

ゴングが鳴った。
立ち上がりからK選手は素早いストレート系パンチを放ってくる。
いきなり数発喰らってしまった。
(強い!)と思った。
今までの私なら、あの数発でもう諦めていただろう。
頭で勝手に勝ち負けを決めていた。
キックに限らず、なにごとにも自分の限界を自分で設定していた。
(俺はこんなもんだろう・・・)と。

しかしこのときは違った。
絶対勝ちたいと思っていた。
二度とないチャンスを逃してたまるかと思っていた。
最低限、悔いのない戦いをしようと思っていた。

右のミドルを放った。
無心という言葉があるが、本当にこのときは無心だった。
いきなりのミドルがK選手の左腹部にヒットした。
K選手のひざがわずかに落ちた。
すかさずワンツーを続け、二度目の右ミドルを放った。
これも腰が落ちた。
その後はストレート系やアッパーでコーナー際まで追い込んだ。
そこでレフェリーがスタンディングダウンを宣告。
もう一度ダウンをとれば2ノックダウンでKO勝ちだったが、それはとれずに1R終了。

リードを奪ったのは確実だ。

最終Rの2R開始のゴングが鳴る。
なにがなんでもこのまま逃げ切ろうと思った。
逃げ切るために3分間攻め続けよう、前に出続けよう。

長い3分だった。
「攻撃は最大の防御なり」をどこまで実践できたかはともかく、なんとかしのげた。
リングで大の字になりたいのをこらえてコーナーで立ってジャッジを待った。
判定で勝てた。
夢のようだったプロ資格を手にできた。

アマチュアを含め、キックの試合はおそらく40戦近くこなしたが、納得できた試合はこれだ
けである。

もちろん技術的なことではなく、諦めなかったこと。
それに尽きる。

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