私の履歴書 その25
テストからひと月ほど経っていただろうか。
プロデビューの話が持ち上がった。
といっても、出場予定選手のひとりが直前にケガをして出場不可能。
各ジムに代わりの選手を出場打診してのものだった。
試合まで2週間ほどだったと記憶している。
テスト後もコンスタントに練習してたし、ウェルターでの試合なら体重の心配もない。
なによりプロのリングで試合をしたかったから受けたプロテストである。
断る理由なんかない。
2003年4月26日、後楽園ホールでその日を迎えた。
相手は同じくデビュー戦、ピコイジムの阿久澤英一選手。
確か21歳だった。
彼はこのときはウェルターだったが、2戦目か3戦目くらいからミドルにあげ、確か7戦目くら
いで第2代ミドル級王者に輝いた。
計量のときに、筋肉隆々でありながら絞り込まれた体に驚嘆した。
いつものように恐怖感はなかった。
いつもと違うのは、極度の緊張感に包まれるはずのそれがなかった。
なぜか「明鏡止水」というような境地に近かったかもしれない。
テストのときのようなメラメラと燃えるものはなかったように思う。
プロのリングに上がれたというだけで満足した部分があったかもしれない。
結果はほとんどなにもできず、2Rにローキックで3回のダウンを喫し2分04秒KO負け。
セコンドに抱えられながらリングを降りた。
「気持ちが燃えなかった」みたいなことを書いたが、気持ちがあっても到底勝てる相手で
はなかった。
それほど我々の間には大きな実力差があった。
試合後阿久澤選手のセコンドの方が私の控室に来られて「45だってねぇ。やるだけでも
すごいよ」と慰めていただいたが、恥ずかしくて「46です」とは言えなかった。
まったく不甲斐ない試合をしたことで、その後はエントリーしても二度とリングに声がかか
ることはなかった。
すべては私が情けない試合をしたせいであり、自業自得である。
こんな過去があるので、Dropoutの選手たちには完全燃焼の試合をさせて、できるだけ試
合に出させてやりたいと思うのである。




















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