2012年5月

我が闘病 その1

死の淵から生還してまいりました。

再びへたよこにお付き合い願います。

 

28日の月曜に時計を戻します。

時間は9時前。

私は自らクルマを運転して野洲病院に着いた。

受け付けを済ませると担当の看護婦さんがほどなく迎えに来てくれた。

二十歳代後半くらいの小柄でかわいく、愛想のいい女性だ。

 

6人部屋に案内されたが、私の他にはふたり。

入り口入ってすぐ左のベッドだ。

カーテンで仕切ってあるとはいえ、すぐ隣にひとがいないというのはやはり圧迫感がなくていい。

手術着に着替えて、詰め所に先生から手術に関しての説明を聴く。

午前中に別の手術がふたつあり、私のは午後1時15分頃からとのこと。

ベッドで点滴を受けながら手術を待った。

その間ふたりの手術室担当の看護婦さんがなにやら質問に来た。

いろいろ質問があったがひとつだけ覚えている。

看護婦さん「術中、なにか音楽をかけることができますがリクエストはありますか」

私「やっぱり北島三郎でしょう」

看護婦さん「・・・」

スベッてしまった。

あわてて「クラシックをお願いします」と言いなおした。

 

ほぼ予定通りの時間に手術室に運ばれた。

執刀医の他に5、6人の看護婦さんたちがいてテキパキ準備してくれる。

そのうちのひとりの女性が私に声をかけてくれた。

「きのうイノウエさんから連絡いただいたんですよ」

「イノウエさん・・・?」

「イノウエヨシ・・・」

「あぁ~!」

「息子ともどもお世話になってるんでよろしくお願いしますとおっしゃってました」

 

会員の井上さんである。(会員の声参照)

製薬会社に勤める敏腕営業マンである彼は、やはり先生だけでなく看護師さんたちにも食い込んでいるんだなぁ。

なんだかそのひと言だけでも力をもらったようで嬉しかった。

 

背中に麻酔を打たれると、ほどなく脚が温かくなってきて感覚がなくなっていった。

下半身だけの部分麻酔なので上半身は通常どおりだ。

もちろん意識もある。

 

手術がいつ始まったのかもわからないほど痛みはない。

私の好きな「G線上のアリア」も小さく流れていて、気分はゆったり。

「快適」という言葉さえ浮かんでくる。

 

先ほど質問に来られた女性が口を開いた。

「サブちゃんにしましょうか?曲が換えられるのでご希望あれば言ってくださいね」と言われたので

「じゃあ、AKBを」

今度は少し笑いがとれた。

きゃりーぱみゅぱみゅの方がウケたかな。

ここのスタッフの方たちはリラックスさせてくれる。

 

ちょうど一時間くらいで手術は終わった。

準備時間が結構あったので、実際には30分ちょっとくらいだろうか。

 

元の部屋に戻されてホッとしたのもつかの間、この後大きな試練が私を襲うことになる。

 

 

 

 

 

 

復帰

退院しました。

 

正午少し前に野洲病院を出てクルマを運転して帰宅。

が、なんかおかしい。

頭が少し痛い。

軽い吐き気もある。

 

入院中に何度も訊かれた。

「頭痛はないですか」「吐き気はありませんか」

 

点滴のスタンドを伴って歩いてたときも、それが外れて単独で動けるようになってからもすこぶる快調だった。

だから胸を張って「ありません」と答えていたのだが・・・

 

病院から駐車場までの歩行と、自宅までの10分足らずの運転がもたらしたものだろうか。

4時間ほどが経って、吐き気はほぼおさまったが頭痛はまだちょっと・・・

 

明日からは面白いへたよこが書けますように・・・

 

明日から・・・

岡山でのアマ大会、1勝1敗1分けでした。

 

京都野口ジムトレーナーのNさんと会場で会った。

Nさんも鼠径ヘルニアの手術をひと月ほど前にされたとのこと。

話を聴いてみると一週間ほどの入院期間があったらしい。

 

一週間!?

え、七日間も?

私はひそかに明日入院の火曜日退院だと勝手に思っていた。

悪くても二日後の水曜日。

ヒノ拳もそんなに暇やないのに・・・

 

絶対水曜日には退院します。

Nさんは私と違ってかなり悪化してたようだし。

医者を説き伏せて水曜日には必ず。

 

でも退院してもしばらくは酒飲めないんだろうか。

そっちも心配です。

 

というわけで明日からちょっとの間へたよこ休みます。

水曜に再開してなかったら野洲病院に縛られてると思ってください。

 

では、しばしのお別れ・・・

 

気持ち

きのうの夜、日曜日にアマ試合を控えるW君のミットを持った。

 

彼はうまい。

プロを狙える力がある。

実際、いっとき私にも「プロを目指します」と宣言し、私もバックアップするつもりで取り組んだ。

プロテストにも一度エントリーしたが、その後なぜか謎の出場取りやめ。

別の試合にも出場意志を伝えたものの、またもキャンセル。

両方ともどんな事情かは忘れたが、あまりに無責任だ。

相変わらずプロ志向はあるようだが、私は半分疑問符を持って眺めている。

 

今回28日の岡山での試合に出るという熱意は買う。

しかし、普段は数えるくらいしか練習せず、試合前に付け焼刃のような練習。

アマチュアだからそれでいいと言えばいいかもしれないが・・・

 

原則私はミットは3R持つことにしている。

アマもプロも。

もちろんプロならばそれ以上やることはざらにある。

試合が近づけばなおさらだ。

 

昨夜に戻ろう。

同じく日曜に試合を控える女性のTさんのミット(3R)を終えたあと彼に声をかけた。

もちろんミット打ちのため。

 

相変わらずキレのいい動きだ。

試合前とあってかなり入れ込んでもいる。

1分のインターバルも30秒そこそこで切り上げてミットに挑んでくる。

 

3Rが終わった時点で彼は「もう1Rお願いします」と言ってきた。

私は即座に「ダメ!」と答えた。

 

会員からの練習を拒んだことは、よほど体調が悪い時とか以外ではない。

昨夜はそれに相当したわけではないが、拒否した。

案の定、彼の顔には不服そうな表情が見てとれた。

 

「プロを目指す」とかいう人間がそういう適当な練習をしていることが不満だ。

仕事をやりくりしながら練習時間を捻出しているプロ選手も多い。

彼は学生だ。

学生が暇だとは言わないが、多くの社会人よりは時間的余裕はあるだろう。

 

4R以上のミットを持ってほしいならプロになってから言え。

もしくはアマチュアであれ、その情熱を感じさせる練習をしろ。

「この男のミットを持ちたい」と私に思わせれば1時間でも持つ。

 

 

 

 

 

 

いい酒

きのうの夜10時前、京都野口ジムの野口会長が現れた。

そう、きのうここで「飲む」と書いたのは彼とだった。

手術したら数日間は飲めないだろうということで、21日の誕生日を遅ればせながら祝ってくれた。

 

二時間弱くらいだったが、いつものようにキックの話だけであっという間に過ぎてしまった。

こういう酒はいい。

 

会長、飲酒復帰できた暁にはまた頼んます。

 

 

 

よれよれ

急きょ、今晩飲むことになった。

クルマで帰れなくなる。

久々にジムまで走って通勤することにした。

 

11時50分頃に家を出た。

走る(と言ってもホント遅い)のも久しぶり。

予想通りカラダが重いぞ、ハハ(約72Kg)

でもペースは遅いので心肺への負担はほとんど感じない。

 

18~19Kmを2時間半ほどでなんとか到着。

腰の少し上あたりの背中に少し張りのようなものを感じたが、まぁこんなものだろう。

 

今夜は(も?)いい酒が飲めそうです。

不安

鼠径ヘルニアの手術まであと5日。

簡単な手術とはいえ、やはり不安だ。

体にメスを入れるのである。

 

うまくいけば翌日にも退院できると先生は言うが、二日も三日もかかってしまったらどうしよう。

不安でいっぱいになる。

 

三日も酒が飲めないなんて・・・

 

捲土重来

ヤスユキのビッグマッチがあと3週間あまりに迫ってきた。

 

前回、富原選手とフェザー級のベルトを賭けて戦ってから、早や4年近い。

その間、彼は腐ることなく前を見続けた。

できることを地道に、日々こなし続けた。

決して大きなことを言わない謙虚な若者は、しかしリング上で素晴らしい輝きを放つ。

 

6月16日の大和選手はノリに乗っている新進気鋭。

ふたりの若者が見せるリング上の芸術をぜひご覧ください。

またひとつ

金環日食で騒がれた、今日5月21日。

またひとつ歳をとってしまいました。

 

北の将軍様なら「トンデンクサラパンミャオ、トッパオテキクンサバ、ソテ、クチラシトンデメスミダ(宇宙も将軍様

のお誕生日を祝ってます)」などと60歳くらいの女性がテレビ画面で声を震わせるんだろうが、私は何もなし。

淡々と56歳を迎えました。

 

30代くらいは歳を重ねるのがいやだったけど、今は逆になんとも思いませんね。

29が30になれば感じることもあろうが、59が60でもそう変わらん。

 

Dropoutの若い奴らといい時間を共有できるのは、むしろ若いときにはなかった至上の喜びだ。

ありがとう、みんな。

 

今夜もひと月ほど前から約束してた、定年退職されてるKさんと杯をかわします。

幸せです。

大丈夫

約一ヶ月の消費期限オーバーのヨーグルトを食べて24時間以上経過。

なんともないぜ。

アホらしいだろぉ?

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