2012年10月

朝日

今朝の朝刊に出てた週刊文春と週間新潮の広告。

いろいろな人物の顔写真が出ている中で、どちらの広告にも顔が塗りつぶされてるものがある。

尼崎での複雑怪奇なあの事件の容疑者、角田某の写真(とされるもの)である。

 

和服に身を包んだ普通の女性であるがゆえに、(はぁ~、人間の本性はわからん・・・)と思わせる写真だ。

ほとんどのマスコミが使用していた写真であるが、これが他人のものだったという。

おそらく写真を削除する時間もなく、黒く塗りつぶしたんだろうが、なかなかない事例ではないでしょうか。

 

写真違いを鬼の首をとったこのように報じていたのは朝日新聞。

なんでも、この写真を最初に流したのがライバルの読売新聞で、朝日は先だっての朝日新聞出版のハシシタバッシング

記事の挽回のつもりか、他のメディアの勇み足をPRしてました。(朝日はこの写真を使用しなかったらしいです)

 

読売も、きのうのジャイアンツと同じく、エラーが続いてますね。

iPSの森口おじさんを大々的に取り上げたのも同紙だったようだし。

 

数日前のここで、橋下市長をバッシングした朝日に疑問を感じた。

左翼という言葉がきつすぎるなら「人権派」とでもしておこう。

その人権派の朝日が被差別部落の地名を出してまで、氏をおとしめようとした疑問である。

 

答がわかりました。

あくまで私の推測ですが。

橋下氏は言うまでもなく、右である。

教員に国歌斉唱を強制させたり、もちろん日の丸の掲揚も義務付けるひとである。

私はこんなことは当然だと思うが、日の丸、君が代大嫌いの朝日である。

 

その橋下氏を追い落とすためには、今まで守ってきた人権までも武器に使った。

どうでしょう。

間違ってますかね。

 

 

 

 

きのうも大阪で痛飲しました。

夕方5時過ぎから11時を少し超えるくらいまで。

5軒ハシゴしました。

まだ胸のあたりにその名残があります。(16時現在)

 

最後の方はほとんど覚えてないですけど。

やっぱり無駄なことしてるんでしょうかねぇ・・・

 

異変

このところちょっと体調が変だ。

一週間か10日ほどになるだろうか。

心臓に鈍痛がある。

 

本当にたいした痛みではない。

日常生活に支障はないし、ジムでミット持ちもできる。

大きく息を吸ったときなど、心臓の上部がキュッと痛む。

初めは気にならなかったが、ここまで続くとちょっと心配になってきた。

 

来週の5日にちょうど健康診断を受ける予定である。

その時先生に相談してみよう。

私の同級生たちとの間でも

「あいつは○○の病気になった」とか「Aは××で仕事ができない状態だ」とかいう話がぼつぼつ出だしてる頃だ。

私も気をつけねばなるまい。

 

せめてあと数年はDropoutの連中の道を造ってやらねば。

え、お前でなくてもできる?

その方があいつらの幸せやて?

 

失礼しました・・・

楽しいキックボクシング

たまにはキックの話もしましょう。

 

この1、2ヶ月、有望な若手の入会が続いている。

来年1月開催予定の、亀岡キックボクシングジム主催のアマ大会に3名が出場表明している。

 

T君。

高校時代、ボクシング部に所属していた彼は23歳。

卒業以来運動らしい運動もしてないらしく、ウェルターだった体重は70Kg台後半。

三カ月くらいで10数Kgを落とせば、かつての動きも戻ってくるだろう。

 

K君。

かつてDropoutに在籍していた兄貴は、K-Uのプロ資格は取得したものの、試合は未経験。

しかしその動きはシャープであった。

その血を引いたか、弟も格闘技経験まったくゼロにも拘わらず、素晴らしいセンスを見せる。

プロ志向であるらしく、うまく導いてやらねばならない。

 

I君。

大学一年生の彼は、滋賀県の高校野球強豪校のレギュラーだった。

183㎝、73Kgの体格のみならず、こちらも光るセンスを見せてくれる。

力みのないフォームで繰り出すパンチ、蹴りはしなやかだ。

入会三日目のきのう、ベムと軽いスパーリングにチャレンジ、ローをもらいながらも2Rをやりぬいた。

ジャニーズ風の風貌に似合わず、芯も強そうだ。

 

三名とも気持ちが持続することが、なによりの前提だが、上を目指してほしい。

この三名に加えて、こないだ愛知県の大会に出場したうちの三名も参加予定。

キャリアの少ない者同士が競い合い、協力しあって上達していってほしい。

 

もちろん試合を目指すひとでなくてもキックボクシングはできます。

シャドーボクシング、サンドバッグ、ミット打ちなどの練習だけでもOKです。

そこから始めて、興味が湧いてきたらアマ試合出場ということで気楽にやってください。

 

なんのスポーツでもそうですが、それぞれのレベルでできます。

キックボクシングも例外ではありません。

 

血迷ったか

橋下大阪市長が、朝日新聞の100%子会社の朝日新聞出版に売ったケンカ。

試合開始早々、朝日陣営からタオルが投げられたような一方的展開で橋下市長の勝利。

誰が見ても納得のいく結果だろう。

市長自身も語っていたように、政策などを批判するならともかく、出自をうんぬんするなんて、ホンマ、アホちゃう

か。

 

朝日新聞なんて、そういうものと一番距離を置くメディアだと思ってた。

というより、そういうことを話題にしたメディアや組織に真っ先に牙をむくところだと思っていた。

朝日新聞とは別会社とはいうものの、枝分かれした出版社だから、にわかに信じがたい。

売らんかな、の姿勢がそうさせたのか。

 

被差別部落出身者であろうがなかろうが、在日(南北)朝鮮人であろうが日本人であろうが、いい人はいい、しょうも

ない奴はしょうもない。

私はそのひとの人となり、話すに足りるか否かのみを基準にして共に酒を飲むかどうか決める。

 

 

 

トイレの奇跡

石原都知事、いても立ってもいられなかったんでしょう。

賛否両論ありますが、私は支持します。

こういう時代だから強いリーダーが欲しい。

 

きのう、健康確認作業のことを書いた。

排泄後、便器に浮かぶ我がウンコを眺める行為だ。

耳くそや鼻くそと同じく、長らくわが身に滞在していた分身はかわいい。

水に浮かぶ茶褐色のそれは、きのうの夕げに時を戻してくれる。

少し茶色がかったレタス、鮮やかに存在を主張するトマトの皮の赤。

エノキダケの白さも際だっている。

彼らの旅をねぎらう気持ちが湧いてくる。

(長かったな、よくぞここまで・・・)という愛しさである。

 

同時に口中に旅立った、豚肉や魚はあとかたもない。

数々の困難に消息を絶たれたに違いない。

そんな逆境の中、野菜陣の頑張りは立派だった。

この喜びは、野菜をほとんど摂らない西尾にはわかるまい。

 

これらは「水中に浮かぶ」という行為によって、その旅の苦難をより一層際立たせる。

海猿の救助を待つ水難者のごときである。

これは水洗トイレならではである。

 

和式だとこうはいかない。

ほとんど水のないところで、中国の列車事故のように折り重なっている。

生存者の確認が困難だ。

やはり水洗に一日の長がある。

 

が、しかし和式にもいい点がある。

寒い時には、そこからほのぼのと湯気が立ちあがる。

思わず暖を取ろうかと、手のひらをその上に持って行きそうになる。

(今まであなたと同化していたのですよ)と訴えかけているようで、トイレをあとにするのがためらわれる。

 

あぁ~あ、今日もどうでもええこと書いてしまいました。

 

 

 

 

 

先端技術

言うまでもなく、各分野での技術の革新は目覚ましい。

進歩のスピードが速い上に、その範囲も広いから、私のような旧い(ただドンくさいだけ、という評価もある)人間は

ついていけない。

 

いわゆるガラケーでさえフルに使いこなすには程遠かったのに、スマホなんてワケわからん。

(それでも一応持ってます)

トリセツに目を通すだけで、一生かかってしまうわ。

 

そんなトリセツを必要としないモノにも技術革新の波は押し寄せる。

トイレである。

 

大型ショッピングモールなどは日本全国、どこでも見られると思うが、そういう新しい施設に見られるのが「センサー

付き」のものだ。

男性用小便器にはけっこう前からあったと思う。

その場から人が離れれば、自動的に水が流れた。

 

大便器版がここ数年前から出てきた。

以前ならレバーを下に押したりしたら水が流れた。

それが「ここに手をかざしてください」などという但し書きがついたものに代わってきた。

バーコードリーダーみたいな小さめの長方形に手をかざすと水が流れる。

 

はずである。

実際はなかなか流れないことが多い。

 

暖かい便座に座り、程よい水温でのマッサージ付きシャワーでその部分を清める。

日本人に生まれた幸せを噛みしめながら、人間の究極的快楽のひとつである排便作業を終える。

便座から立ち上がり、眼下に広がる光景を眺める。

(おぉ、今日も調子えぇがな・・・)などと悦に入りながら、手をかざす。

(ん?)

流れないのである。

手のかざし方が悪いのか、と思いながら、その距離を変えてみたりする。

あれこれやってみるがウンともスンとも言わない。

もう2分くらいもやっているような気がする。

(もうえぇか・・・)などと、そのまま個室を出て行こうとも思うが、あとの人のことを考えるとできない。

と、思った瞬間流れたりする。

なんでやねん!

さっきまでやってたんとどこが違うねん!と憤る私。

 

かと思うと、なんにもしなくても流れることがある。

便座を立ち、恒例の「健康確認作業」に入ろうとした途端流れる。

おい!まだ見てへんやろ!

 

レバーを触るのに抵抗がある人が存在するから、ああいうものができるのだろうか。

頼むからレバーに戻して。

エライヒト

セイジカはエライヒトなのである。

「選良」などとも呼ばれるくらいにエライのである。

特に○○大臣などと呼ばれるひとは「末は博士か大臣か」と、かつて言われたくらいに尊敬と羨望のまなざしで見られ

るヒトなのだ。

 

それくらいエライヒトたちなのだから、庶民には及びもつかない能力を持っていらっしゃる。

自在に体調をコントロールして、入退院するくらいはお茶の子さいさい。

神に近い存在なのだ。

 

またその神様のようなヒトを取り巻くセイジカセンセイも素晴らしい。

広報担当のセンセイはその「超能力」に潜む本当のことを隠して「体調不良」で入院と発表する。

国民のみんなは、その本当のことがなにかわかっているのに。

これはあたかも歌舞伎の黒衣(くろこ)のように、「見えていても実際はないものとする」という日本の様式美、伝統

美を継承していこうとする涙ぐましい努力であると思われる。

 

日本国民はやはりこの美しい伝統を守っていくべきなのでしょうか。

 

 

 

 

日本語は難しい

レスリングの吉田沙保里選手に、国民栄誉賞の授与が決定したようです。

政府の人気取りの面も否めないが、実績から言って、充分それに値するひとでしょう。

おめでとうございます。

 

受賞に関する彼女のコメント。

「謹んでお受けします。(中略)・・・多くの人に感動を与えられるようにしていきたい。」

またか。

 

吉田選手は嫌いではない。

むしろ、あの素晴らしい戦績、人柄(あくまでメディアを通じての)などから好きなひとである。

しかし、このコメント。

「与えられる」に引っかかるのである。

 

昨今よく聞く言葉である。

スポーツ選手や芸能人のインタビューに多く出てくる。

「勇気を与えられたら・・・」

などという使い方だ。

 

違和感を感じていた。

俗に言う「上から目線」ではないかと。

もし私が、同様の意味のことを伝えたいと思った時、どう言うべきかと考えたことがある。

答は「勇気をお伝えできたら」だった。

それが適切な表現であるかどうかはわからないが。

 

「与える」を広辞苑で引いてみた。

おそらく初めて引く言葉だろう。

四つの意味があり②以下は略すが、①には「自分の物を目下の相手にやる」とあった。

「上から目線」はあながち間違ってなかったということだろう。

 

また重箱の隅をほじくってしまいました。

女帝

訳のわからん事件が多い世の中。

詳しくはしらないが、iPS細胞を使った手術をしたとか、すぐバレるような嘘をついたオッサン。

結果は見え見えやのに。

それほど注目されたかったんやろか。

 

もひとつ、尼崎で複数人が殺された事件。

周囲の人たちの証言によると、主犯の女はとんでもなく癖があり凶暴な女らしい。

理屈もなにもなく、相手をとことん追い詰める狂犬であるらしいが、結果的にそのひとをマインドコントロール状態に

置き自由を奪う。

 

こういう人間は、独学にしろ心理学的なものを学んだのだろうか。

私の勝手な推測では、持って生まれたある種の「才能」なのだと思う。

相手を爪の先ほども思いやることなどない才能。

 

そんな才能は全然うらやましいとは思わない。

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