2013年9月

エセ池上彰

私はかつてからここで、隣国の中国、韓国の悪口ととられかねないことをしばしば書いてきた。

一キックボクシングジムのHPにふさわしくないことかもしれないが、浅薄な知識の範囲内で思うことを書いてきた。

できるだけ韓国ネタは避けようとしてきたが、また書きます。

 

二か月ほど前でしょうか、朝鮮半島の日本統治時代に強制徴用された韓国人とその遺族が日本企業に個人賠償を求

めた訴訟で、ソウル高裁と釜山高裁が日本企業に、一人当たり約700万円から880万円の賠償を命じた。

おいおい、国家ぐるみの日本企業潰しか。

これについて、「かつて、日韓間でなんらかの決着がついている」という新聞見出し程度の知識をお持ちの方は多い

と思う。

その詳細がよくわかるSAPIPO10月号の記事があったので、それを基に僭越ながら、できるだけ簡潔にご紹介します。

 

徴用工の賠償問題については、日韓両政府ともに1965年の「日韓請求権協定」で「完全」かつ「最終的」に解決された

との立場で一致している。

その交渉過程で、日本側は韓国側に「元徴用工の名簿を出してもらえれば、日本政府が個別に賠償する」と申し出た。

それに対して韓国側は「個別の賠償は韓国政府が行う」と回答。

協定に基づき日本から韓国に無償供与3億ドル、政府借款2億ドルが提供された。

当時は1ドル360円だから、日本円に換算すれば現在の4倍近い額だ。

しかも50年近く前だから物価も推して知るべし。

これを基に「漢江の奇跡」と言われた韓国の高度成長が始まったといわれる。

 

「完全かつ最終的解決」ってなんなんだ。

追突されたニイチャンが、20年後に「首が痛い」と騒いでるような絵が浮かぶ。

 

韓国初の女性大統領(この辺は日本より進んでるかも)、朴クネ氏は過激な日本のネガティブキャンペーンに精を出している。

日本人は太極旗(韓国国旗)を燃やしたりはせず、一部のヘイトスピーカーを除いて声高に韓国を非難する人もいない。

声はあげないが、いつの間にか背を向ける民族のように思う。

 

歳とたたかう

少し前に書いたスクワット300回、腹筋200回、腕立て伏せ100回への挑戦リポート。

途中経過(昨日時点)を報告します。

 

スクワットは300回を達成しました。

腹筋は腹筋台を使用したら、脚の付け根の痛みがほとんどなくなり130回。

腕立て伏せは80回です。

腕立ての伸びが鈍い。

もちろんすべて連続です。

もっとも、追加でやろうという意欲もなく、一日で上記がやっとです。(笑)

 

まぁ、無理せず少しずつ記録を伸ばして行こうと思います。

あぁ、ネタがない・・

バカ

ついさっき、JR瀬田駅前の「餃子の王将」でご飯食べてきました。

入ったのが午後二時前だったにもかかわらず、店内は多くのひとでにぎわってました。

店員さんたちは、活気がありなかなかいい雰囲気でした。

 

王将といえば、ちょっと前にどこかの店で、ホスト数名が全裸になって写真を撮り、それがもとで閉店に追い込まれ

た、という事件があった。

これに限らず、飲食店等の(アルバイト)店員が店内でのふざけた写真をツィッター等に公表して、いろいろ問題に

なっているのはご存じのとおり。

 

それがきっかけで、休業や閉店の事態に至ったというのは少なくない。

私の記憶では、コンビニのアイスクリーム庫に寝そべったバイト店員がいるコンビニが、そのアイスクリーム庫を買い

替えたうえで、それでも足らず、閉店してしまったというのがあったと思う。

 

そこまでやる必要あるだろうか。

買い替えて犯人の店員をクビにすりゃそれでOKだと思うが。

日本人の過剰な潔癖性がそれを揺らさないのでしょうか。

 

全国チェーンのお店なら、ひとつ閉店しても何百分の一だろうが、もし個人経営の店なら死活問題ですよ。

(そのコンビニがフランチャイズか直営店かは知らないが)

 

若さとバカさは表裏一体だが、もうちょっと笑えるバカさを求めてほしいもんだ。

 

東北楽天ゴールデンイーグルス、優勝おめでとうございます。

本拠地の仙台・宮城県のファンだけでなく、東北の方々のほとんどが応援されてたと聞きました。

ファンの皆さん、おめでとうございます。

 

チーム発足9年目、あの大震災から3年目での優勝。

被災者の方々の心の支えになったなら、これほどすごいことはないでしょう。

 

1995年の阪神淡路大震災のときもオリックスブルーウェーブが優勝しました。

未曽有の被害に打ちひしがれた市民の目に、ユニフォーム袖の「がんばろうKOBE」のワッペンは心強く映ったこと

でしょう。

 

そして今回のイーグルスの快挙。

オリックスよりは少し時間がかかったが、それでも記憶が薄れることもない3年での優勝。

なにか人間の底力を感じます。

まだまだクライマックスシリーズがありますが、セ・リーグをダントツで制したジャイアンツと戦って日本一を勝ち取

っていただきたい。

 

がんばろう TOUHOKU!

 

※それにしても5000本のビールが一瞬にして、文字通り泡と消えたとか。

 100万円以上やんか!

 もっったいない・・

 

 

 

罪滅ぼし

再び椎名誠氏に戻ります。

夕刊に載ったこの記事のタイトルは、「老いと死を考えた 椎名誠さんに聞く」というものだ。

 

日本の葬儀費用は世界一高いらしく、平均230万円。

英国の約20倍だという。

立派な墓石や戒名。

戒名って、意味わからん。

高いお金積んで、第二の名前をもらう?

ワタシ、要りません。

そんなお金あったら「国境なき医師団」あたりにでも寄付します。

 

仏教関係者には失礼だが、故人を送る儀式は複雑すぎる。

初七日から始まり、四十九日まで、何回もお坊さんが来てお経をあげる。

その後も何年にも亘って。

そういうものなのだろうが、なんだか「独禁法違反」「利益確保」などという言葉を思い出したりする。

故人を偲ぶためなのだろうが、ふと自然に思い出す、それでいいような気がする。

 

世界にはいろいろな葬儀の形式があり、チベットの鳥葬やモンゴルの風葬、インドの水葬などもある。

水葬は衛生上、賛成できないが、鳥葬や風葬は言い換えれば野ざらし。

鳥や動物、バクテリアに食わせる素晴らしい自然循環ではありませんか。

 

かつてはドナーカードという、臓器提供の意思を表すカードを財布に忍ばせていたが、数年前からはこれが国民健康

保険証の裏に記載されている。

 

1  私は、脳死後及び心臓が停止した死後のいずれでも、移植の為に臓器を提供します。

2  私は、心臓が停止した死後に限り、移植の為に臓器を提供します。

3  私は、臓器を提供しません。

とあり、いずれかの番号を〇で囲んでください、と書いてある。

もちろん1に〇をしている。

すべての臓器を対象に。

 

死んだあとくらいは、ちょっとでも他人(ひと)様のお役に立ちたい。

 

 

 

いつまでも・・

昨日は、久々の昼酒となりました。

 

酒で体調を崩しているO君と久々の飲酒。

昼間からの飲酒となれば、やはり通天閣を仰ぎ見る大阪の新世界。

このあたりも変わりました。

すっかり大阪の観光名所となり、欧米をはじめとする外国人観光客も多い。

もちろん日本人の若い世代の観光客も多く、やたら串カツ屋が多い中、明るい感じの飲食店も目立つ。

 

午後三時にO君と待ち合わせ、90分1500円飲み放題の看板の居酒屋へ。

全国展開している大手居酒屋のようなメニューと価格。

生ビール、トリスハイボール、焼酎ロック・・結構飲んで食べたが、6000円でお釣りが来た。

しかし以前に比べれば食べられなくなった。

さびしい。

 

そのあと腹ごなしを兼ねて、久々の飛田新地探索。(選手たちのティーブレイク参照)

知らないひとのために少し解説すると、かつての飛田遊郭が名前を変えて存続しているのである。

名目上は「料理旅館」であるが、実際にはいわゆる「ちょんの間」で、比較的安価な値段で女性が男の欲望を満たして

くれるのである。

 

数十年前にこの地に目覚め、極めて合理的な探索ルートを開発したO君。

通りごとにその特色があり、若い娘(コ)が多い通り、若いだけでなく大人の魅力を備えた女性の多い通りとさまざま

である。

各「料理旅館」の引き戸は開け放たれており、上がり口の隅には年配の女性が座って、道行くスケベ男どもに「にいち

ゃん、にいちゃんええコいてるよ。ふたりすぐ行けるよ。」などと数十年変わらぬ客引きに精を出す。

その後ろには、厚めの座布団に座り、艶然と微笑みかける美女が。

二十歳くらいで、週刊大衆のカラーグラビアを飾れそうなコや、AKBあたりにいてもおかしくないコがざらにいる。

O君によれば、かつては春休みや夏休み時期になると、どう見ても中学生か高校生にしか見えない子までいたそうな。

 

「比較的安価」と書いたが、このデフレの時代に風俗産業も例にもれず低価格競争を繰り返す中では、時間あたりで比

較すると、ここは高いと言わざるをえないだろう。

実際に確かめたわけではないが、O君によると30分二万円くらいではないかという。

実際、「やや年増通り」を歩いていると「30分一万円やで」というやり手バ○ァ、もとい、女性マネージャーの声が聴

こえてきたからあながち外れてはないだろう。

90分二万数千円というソープが珍しくない中、単位時間で考えれば高級風俗でしょう。

 

O君がしきりに感心(?)していたのは、そぞろ歩く人たちに若者の姿が多いことである。

そういえば、二十歳代くらいの青年が多い。

草食主義者がかりでないのがわかり、ホッと一息。

かつてはオッサンばっかりだったのに、というO君。

ネット社会で、こういう古式ゆかしい世界が取り上げられ始めたのが原因ではないかという。

 

そうなのか。

最先端技術が古式ゆかしい世界を呼び戻したのか。

あの古めかしい世界はいつまで続くのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

折れてない

今年に入っての戦績が3勝1敗のHIROKI。

REBELS代表という重責を担ってのSHOOT BOXINGとの対抗戦に登場。

結果は「ティーブレイク」でお伝えしたとおりの2R、TKO負けでした。

 

REBELSとSHOOT BOXINGの3対3対抗戦と銘打って開催されたこのイベント。

REBELSの先陣を切って登場した、KIXの裕喜選手が2RKO負けした直後だけに負けられない。

団体戦の意味合いが強いだけに、緊張感、責任感、重圧感が重くのしかかってくる場面だ。

生真面目なHIROKIだけに、その受け止め方は大きいだろう。

 

試合開始。

しばしの静寂ののち、サウスポーの石塚選手のいきなりの左ミドルがうなる。

スピード、重さともに十分だ。

対してHIROKIの右ハイが石塚選手の側頭部に絡む。

グローブ越しではあるが、手ごたえあり。

回転の速い石塚選手のパンチとHIROKIの再三のハイキックという形で、ほぼ互角の第1Rは終了。

 

2R。

開始10数秒か。

いきなりの石塚選手の左ハイでHIROKIダウン。

リングに巻き込まれるような倒れ方は、もうダメかと思った。

しかし、戦士の本能のように立ち上がるHIROKI。

その足元はおぼつかなく、気力だけが支えている。

チャンスと見た石塚選手、ここぞとばかりに畳みかけてくる。

これという一発はなかったが、勢いに押されるように二度目のダウン。

それでもまだ逆転を追ってリングに立ち続けるHIROKI。

逆に石塚選手は、当然ここで決着をつけるべくラッシュをかけてくる。

なんとか持ち直しかけていたHIROKIだが、ここでレフェリーが試合を止めた。

ガードを固めていて、決定的ダメージを受けたわけではないHIROKIだが、試合の流れ上仕方ないだろう。

 

八月のベムに続いて対SB二連敗。

それも明らかな負けだ。

SBの選手には独特の型があり、強い。

しかも、ベム、HIROKIが負けた両選手は、どちらも二十歳そこそこの若者だ。

経験不足を感じさせない堂々のファイトスタイルには恐れ入る。

完全なDropoutの敗北です。

 

が、試合後のHIROKIの心は折れてはいない。

また地獄に突き落とされはしたが、まだ這い上がるつもりのようだ。

私もともに這い上がろう。

 

 

 

 

 

不思議

昨日のノルマ挑戦状況。

腹筋は62回やったところで両脚付け根が張ってきて断念。

スクワットは91回時点で、無料体験申し込み電話に中断されやめました(^_^;)

腕立ては予想通り70回ジャスト。

もちろんすべて連続です。

どこまで伸びていくか、ときどきリポートします。

 

昨日書いた、椎名誠氏のこと。

本題はここからです。

 

氏には忘れられない衝撃的な体験がある。

以下、要約しながらの抜粋です。

 

「1997年1月、真夜中に母が死ぬ夢を見ました。リアルな夢だったので、夜3時ごろ妻に『母が死んだ』と伝えました。

すると朝7時ごろ母が倒れて病院に運ばれたと、実家の義姉から電話がありました。当時、都内の近所に住む弟に連絡

すると、弟は前日に元気な母の声を聞いたと言います。その弟と車で実家に向かう途中、自動車電話に母が病院で息を

引きとったと知らせが入った。午前9時だったので、6時間後を予知する夢を見たのです。」

 

「なぜ親孝行だった弟のところでなく、親不孝な僕に知らせがきたのか。思い出したのは21歳の時、交通事故に遭っ

た。僕は頭が半分割れて、脳内出血する重傷を負いました。麻酔で意識が薄れていたから夢なのですが、母が手術室に

入ってきて、僕の包帯を解いて傷の様子を見ている・・。この二つの夢を考えると、幼いころからずっと母に心配かけ

た僕だから現れたとも思えます。」

 

科学では説明できない典型例ですね。

 

 

 

 

恐るべし

「昭和軽薄体」なる文体の創始者のひとりと言われる、作家の椎名誠氏。

1944年生まれというから私より一回り上。

68か69歳である。

 

歳だけ聞けば爺さんであるが、写真で見る氏はまだまだ若い。

アウトドア大好きで、浅黒く焼けた肌、少し白いものが混じるものの、充分な量の髪。

自然な感じに刻まれた皺もまたカッコイイ。

こんな風に歳を重ねたいものだ。

 

元気らしいのである。

若いときは柔道で鍛え、これ見よがしな自慢話はないものの、それとわかりそうなかなりの実力者であることを示す個

所なども著書の中で見かけたこともある。

毎日の飲酒により、少々尿酸値は高いものの、あとは健康そのものとおっしゃる。

 

 

これは某新聞の夕刊を基に書いているのだが、それによると、この取材日に氏は、ヒンズースクワット300回、腹筋200

回、腕立て伏せ100回をこなした後、記者の前に現れたという。

 

上の数字を見てどう思われるだろう。

スゴイと思うか、たいしたことないと思うか。

69歳なら、やはりすごいと言わざるをえないだろう。

 

それぞれを続けてこなしたかどうかは書いてないが、もし分けてやったとしてもすごい。

私がもし今やれば、スクワットと腹筋は連続でなんとかできるかもしれないが、腕立ては無理だろう。

どれだけ衆人環視のもとでやっても70回が限度でしょう。

(すいません、スクワットも自信ないです)

 

何回かにわけてやって、一日、二日はできても、毎日続けるのは至難の業だ。

それをこの人は習慣化してやっている。

たぶん、朝起きて歯を磨くのと同じくらい生活に溶け込んでるのだろう。

なんの苦も無くできるのは、若いころから習慣化されてるに違いない。

むしろ、「やらなくては気持ち悪い」くらいの日常行為になっている気がする。

 

ひとまわり年上の"シーナ"を目標に私もこれを日課にしよう。

もちろんすべて「分割」で。

 

 

リベンジ

新宿フェイスでのREBELS20まであと三日。

今回はHIROKIひとりだけの出場だが、REBELS vs SHOOT BOXINGという構図の中での代表選手のひとりで、責任重

大だ。

 

相手の石塚選手は、SB日本Sフェザー級4位。

戦績は16戦10勝(6KO)6敗と、HIROKIと似たようなもの。

ただ、1993年生まれというから、二十歳と若い。

これを経験不足と見るか、伸び盛りと見るか。

 

シュートボクシングといえば、この間の京都興行で、ベムと戦い見事勝利をもぎ取った植山征紀選手(龍生塾)もそれ

くらいの歳だった。

戦績も、8月25日までの時点で2勝3敗だったのでSB恐るべしだ。

褌を締めなおしてかからねば。

 

HIROKIに話を戻せば、本来の59Kgくらいでやりたかったが、今回61Kg契約である。

しかし受けた限りは、とことん行こう。

スカッと勝て。

これに勝利すれば、SBの両国国技館興行という大舞台にもつながるかもしれない。

 

切符をつかもう。

同時にベムの敵討ちを。

 

 

 

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