2015年6月

キックボクシング私感 その2

前回、収入面においてキックボクサーはプロとは思ってないという持論を述べさせていただいた。

それを端的に表していると思われる例を挙げたい。

先日も盃を交わした、二十年近くの付き合いになる京都野口ジム・野口康裕会長との会話の中でのことである。

 

まだDropoutがNKB(K-U)に属していた2012年。

Dropoutの第二回目の京都での主催興行を控えて、その時も彼とビールジョッキの前に居た。

自然な流れで興行の話になっていった。

 

野口「今度は誰が出るの?」

私「えっと、ヤスユキ、春野、HIROKI、ヒノ拳、西尾、葵、テゲ・・かな」

野口「あれ? 杉本(ベム)は?」

私「あぁ、ベムはねぇ、奥さんが初めての出産予定日が興行のちょっと後になってて、今回は出ぇへんねん。」

野口「なんやそれ!? そんなんプロちゃうやん!」

 

なにか彼を悪者のような印象に書いたかもしれないが、内容としては間違ってない。

間違ってないどころか、ほぼこのニュアンスであった。

私はこれに対して、ベムの立場に立って弁護することはなかったし、彼に反論することもなかった。

野口康裕という、プロ意識のかたまりの男の言葉であり、そういう立場をとる人があっても不思議ではない。

その後もなんのわだかまりもなく私たちの付き合いは続いてるし、キックボクシングという媒体がなくなっても付き合

いは続くと思っている。

 

私も当然、Dropoutの主要選手のひとりであるベムの出場は念頭にあったし、上記の理由で出場辞退を告げられた時は

「少し」残念だった。

しかし、「考え直してくれないか」ということは言わなかった。

たぶん「あ、そうかおめでとう。しゃあないな。」というところだったと思う。

 

二十歳代半ばの若いカップルが、初めてふたりのDNAを引き継ぐ二世を授かるのである。

昔のようにじいちゃん、ばあちゃんが同居して助けてくれる環境もなく、新妻は心細いに違いない。

出産は興行後であっても、少しでも長く夫にそばにいてほしいと望むのは当然だ。

 

しかし、これがベムがキックボクサーだけで食ってるとしたら話は違ってくる。

例えばこの興行のファイトマネーが数千万、あるいは数百万であったとしても(いや、ファイトマネーの多寡ではな

く、主たる収入源が何かということだ)新妻は心細さを押し殺しても夫をリングに送り出したはずだ。

不安な気持ちを抱きながらも、リングサイドで試合を見守ったろう。

そこに杉本家の生活がかかっているから。

 

わずか数万円のために、若く真面目に生きている夫婦の生活を乱すわけにはいかない。

その生活の前に「プロ意識」は無意味だ。

 

プロ意識のかたまり、野口康裕と、アマ集団Dropoutの長、間宮の考えの差が端的に出た例だと思ってます。

 

2012年7月22日、会場であるKBSホールには、セコンドとして頑張ってくれたベムがいたのは言うまでもありません。

 

 

 

関西キック界探訪

昨日は大阪のテツジム。

一昨日は京都野口ジム、京賀塾へお邪魔しました。

 

もちろん今後の関西キック界、本邦キック界、ひいては世界キック界の発展に関しての熱い議論のためです。

昨日はテツ会長、一昨日はホーストジム・土居会長、京都野口ジム・野口会長と西本トレーナー、京賀塾・辻出塾長と

いう豪華メンバーで真剣にビールを飲みました。

いやぁ、キツかった。

 

暑苦しい、いや、熱いヒトたちばかりでした。

今夜は酒抜きます。

二時間くらい。

 

※キックボクシング私感、続編は明日m(__)m

 

 

キックボクシング私感

ここ一年くらい、いつかここで書こうと思ってたことを書きます。

 

私のキックボクシングという競技に対しての考えです。

今まで書くのを躊躇してたのは、仮にもこの業界に身を置くはしくれとして、否定的な部分を含むことを書いていいの

か、という想いがあったからです。

たまたま一昨日、昨日と師弟関係に関わる駄文が続き、そういう流れになってきたこと。

もうひとつ決定的に大きな理由が、次のブログが昨日出回ったからです。

 

http://ameblo.jp/oookafour/entry-12043045981.html?timestamp=1435218967

 

格闘技に造詣が深く、少し角度を変えた視点から鋭くそれを読み解く卓越した筆力の持ち主「謎のブロガー」大岡暁氏

の手によるものです。

氏はヤスユキにかなり傾倒しておられ、Dropoutに二度も来訪されてます。

上のブログはおそらく二度目の訪問でヤスユキと対談された時のものだと思われます。

 

ここにヤスユキの口を借りて、私の発言が出てきます。

それが私のキックボクシング観の核心に触れる部分でもあり、八割は正確に伝わってます。

ただ、私からヤスユキへ、さらに大岡氏へと伝言ゲームのように若干こぼれ落ちて行った部分もあるかと思いますの

で、補足を兼ねて、また具体例も挙げて書かせていただきます。

 

誤解を恐れずに、私が(プロ)キックボクシングについて一言で表すならば、私は「(一面では)プロとは思ってな

い」ということです。

「プロ」の定義についてしばしば例として引き出される次のような言い方があります。

 

例えば飲食業のような場で、アルバイト店員は一定の接客訓練を受ける。

その裏には受けさせる側の論理として「店で働いてる以上、正社員もアルバイトもない。君たちはアルバイトであって

もプロだ。」という言い方をする。

これには私も異論はない。(店側の論理としては)

 

では一回リングに上がって、選手によって違うが、数万円(全額チケット払いも含む)から数十万円というファイトマ

ネーをもらう選手たちは純然たるプロだろう、という反論も聞こえてきそうだ。

それでも私の感覚ではプロではないのである。

 

ではどう位置付けるか。

キックボクシングに足を踏み込んで、最高峰を目指した者たちが到達したところ、そこがプロと呼ばれる世界だった、

という定義だ。

まだ商業的匂いが殆どなかった、アマチュアイズム全盛の数十年前のオリンピックに近い感覚です。

つまり、キックボクシングに魅せられ、強い相手と戦いたいと望み、自然に(あるいは意識的に)たどりついた世界。

(Dropoutがフリーになったのち、葵勇之進がチケットで支払われたファイトマネーが、東京ということもありほとん

ど捌けず、交通費等でいつも持ち出しだったが、「そういうものだと思ってた」と発したセリフが頭を離れない)

最初から「これで食ってやろう」と思って始めた人は極めて少ないと思う。

また、これだけで食ってる選手がどれほど居よう。

 

Dropoutで最高のファイトマネーをいただいてるヤスユキにしても、年収で比較して彼が昼間勤務する株式会社グロー

ビスから支給される額のおそらく半分になるかならないかくらいじゃないかと思う。

そんな中で極端な言い方をすれば、キックボクシングファンは、情熱だけに支えられたボランティア的と言っても過言

ではないファイターたちのおかげで熱戦に埋没できるのだと思っている。

 

考えてもみていただきたい。

野球選手やサッカー選手の年棒は莫大で、スター選手でなくても一般サラリーマンよりはるか上の稼ぎ。

相撲部屋の力士は駆け出しであっても衣食住は保障される。

つまり全生活を競技に傾注できる環境に居る。

駆け出し時は他に収入源を持つのが普通のボクシングも、世界の頂点に立てば、メイウェザー×パッキャオ戦のように巨

万の富を手にできる。

まぁ、あれは極端な例としても、名声とともに大きなカネを稼げる可能性はキックの比ではない。

 

次回に続きます。

 

 

 

師弟関係

きのう、ここの最後の方で、私自らのことを「師匠」と書きました。

あれは文脈上あえてそう書きましたが、私は自分のことを彼らの師匠と思ったことはない。

また彼らを「弟子」と思ったこともない。

 

一応、対外的な肩書としてそう名乗ってはいるが、まぁ実際には代表者というか、雑役といったところでしょうか。

技術的に高度なことを伝授できるわけでもなく、基礎的な部分、闘う気持ち、スタミナ面などを鍛え、プロ軍団のフィ

ールドに送り込む二軍監督くらいだと思ってます。

 

ただし、その一軍組織を作ったという自負はあります。

このHPの「プロ選手の横顔」のヤスユキとの対談(実は対談形式ではあるが、普段から彼らと話しているのをベース

に、私が適当にアレンジして書きました。)にも私の発言として「僕はジムを、如何に選手にモチベーションを与える

場にできるかを考えてる。それができれば70~80%仕事は終わったと思ってる」と書いてます。

その意識は今でもまったく変わりません。

やる気、面白みを感じれば人は自ら工夫します。

その一軍組織を作るために、「酒」というキックジムの掟破りの媒体を多用したことは、キックジム会長として糾弾

されるべきものかもしれませんが。

 

選手たちも「尊敬」という師匠に抱くような感情ではなく「親しみ」のような感情で接してくれてると思います。

これも何度か書きましたが、Dropoutがアマチュア集団である由縁です。

 

明日はもう少し踏み込んだことを書きます。

 

 

 

 

いやぁ~、ムズカシイ。

え、? ある本を買ったのですが、これがムズカシイ。

 

たまたま書店で見つけ、パラパラと手に取り、しばらく迷ったのですが結局買ってしまいました。

ネルケ無方著「迷いは悟りの第一歩 日本人のための宗教論」(新潮新書刊)です。

 

著者は1968年生まれのドイツ人で禅僧。

兵庫県の安泰寺住職の肩書を持つ。

クリスチャンから改宗した人です。

 

キリスト教と仏教(主に禅宗)との違いが主に述べられているのですが、わかったようなわからんような。

家電品の取説を読むのさえ億劫な私ゆえ、教科書を深読みしていくような努力もせず、難しいところは軽く流すような

「スピードラーニング式」読解法ではわかるはずもありません。

まぁ、ざっと感覚的にわかるだけでいいかと^^

 

その中でいくつか印象に残ったところがあったのですが、ひとつ紹介します。

仏教で出家する場合は、同時に師匠を選ぶことであり、一度選んだ住職は十年も二十年もついていくのが大前提だそう

です。

著者の直接の師匠かどうかは知りませんが、それについての安泰寺六代目住職、内山老師の言葉です。

 

「いかなる師匠でも凡夫であることには間違いなく、完全者であるはずはないのであって、そんなこと初めから知って

かかるべきです。大切なことはこの『不完全者である師匠に、いかに完全なつき方をするか』を自己において修行する

ことです。結局師につくということは、師をタタキ台として自己につくのです」(「禅からのアドバイス」大法輪閣)

 

「すべての人間は凡夫である」ということですね。

「歩く三流」と言われる私とすれば、こんな救われる言葉はない。

見方を変えればDropoutの選手たちは恵まれた環境にいるのです。

「不完全者」というよりは「どこにエエトコあんねん、このオッサン」という師匠ですから。

 

精進せえよ。

 

 

努力の人

Dropoutを取り上げていただいた、漫画家・てらかわよしこ先生のジム探訪記「やる気まんまん!」掲載のFight&Life

8月号、絶賛発売中!

 

今日はキックボクシングジムらしく、久々にキックのことでも書きますか。

 

どん冷え貴哉のことは何度か書いている。

ジムではいじられ役的な立場で、百姓Aとともにジムの雰囲気盛り上げにひと役買ってくれている。

 

だがそれだけではない。

練習に取り組む態度、練習量はジムで1、2を争うと言っても過言ではない。

一日でも休むことに、なにか大きな恐怖感を持っているようにさえ感じてしまう。

 

左手親指のあたりを骨折してから、ようやくひと月ほどが経過。

その間も右手だけにグローブをはめ、ミット練習は続けていた。

やりにくいことこの上ないミット持ちをやらされ続けた。

 

ようやく包帯がはずれ、両手にグローブも戻った。

私は冷やひやしながらも左のパンチも受けた。

 

封印していたスパーリングも早くも再開しだした。

ひと月以上やってなかったスパーをいきなりヤスユキやHIROKIと開始。

 

だが動きがすごくいい。

ひと月前よりもかなりよくなっていると感じた。

パンチ技術の向上も目覚ましい。

ヤスユキの代名詞とも言うべき「円の動き」も時折見せる。

もちろんとっかかり程度の動きだ。

しかし、これが指先が届くくらいの段階であるにしろ大したものだ。

磨けばもっと光る。

試合があってもなくても、月間に優に100Rを超えるスパーをこなしているであろうどん冷えの努力がもたらしたと確信

している。

 

本人には失礼だが、彼は決して才能に恵まれた選手ではない。

もちろんへたくそというわけではなかったが、普通より少し上くらいのセンスからのスタートだったはずだ。

 

しかし、努力する才能は誰にも負けてなかった。

「僕はヘタクソですから・・」と言いつつ、「会長、ミットお願いします」と迫ってくる。

彼のやる気を感じるにつれ、ミットに費やする時間も増えていった。

途中、水分摂取のための数十秒ほどの休憩を三回はさみ、一時間ほどぶっ続けでミットをやったこともある。

それでも彼はイヤそうな顔をまったく見せず、蹴りをたたき込み、パンチを打ち込んだ。

長くやればやるほどそれが必ず帰ってくると信じているかのようだった。

自分を信じる才能であるのかもしれない。

 

東証一部上場の、ある外食産業社長の言葉を引用させていただく。

「成功するかどうかは、能力じゃなくてやる気です。情熱に勝る能力はありません。」

 

23歳という決して早くはない年齢からスタートしたどん冷えだが、どこまで行ける?

サポートしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたんだ

昨日書いた、私の上腕部。

悪化してきました。

 

上腕部から上に上がってきて、肩というか、首の付け根あたりまで拡散してきました。

昨日までは、ひねったときに一瞬感じるだけの痛みだったのが、常時肩こりのひどいような感じが。

もちろんひねった時の痛みもあります。

なんなんでしょう。

 

どこかの新興宗教なんかに駆け込めば、「先祖供養が足りません」などと言われ、高額の壺なんぞを買わされそうで

す。

病院行った方がいいんでしょうか。

老いの悲しみ

肉体の(頭脳も!)老化は容赦ない。

私は眼科と歯科に2~3か月に一度の頻度で定期的に通っているし、その他の科にお世話になる回数も、若い頃より格段

に増えている。

患者の負担割合は増加したりもしたが、世界に冠たる医療保険制度を持つ日本に生まれた僥倖に感謝したい。

 

先週の日曜か月曜の夜、急に右上腕部に痛みが走った。

突然である。

なにをしていたわけでもない。

一瞬のことで、持続した痛みではない。

 

現在も続いている。

別にミットを持ってて、蹴りの衝撃を受けてとかではない。

もちろんそういう時もある。

が、それは偶然にタイミングが合って痛みが出ているだけだ。

 

右ひじ関節を中心に腕を曲げ伸ばし、いわゆる「カール」の状態では痛みはまったく感じない。

痛むのは、右上腕の骨を軸として腕を回転した時だ。

言い換えれば腕をちょっとひねっただけで、一瞬だがかなりの痛みがある。

 

初めて痛みを感じた時と、その痛みの程度は全然変わってない。

放っとけば治るだろうと思っていたが、一向にその気配はない。

こんなことで病院行ってもなぁ・・

行ってもなにか適切な治療法があるとも思えない。

 

やっぱり放っとくとするか。

 

卑怯なり

酒鬼薔薇聖斗と名乗り、神戸市で児童を殺傷した事件。

殺害した児童の頭部を自身が通う中学校の正門に置いた「少年A」。

 

もう20年近くも前のことであり、自身の通う中学校の正門に被害者少年の頭部を置いた印象が強すぎて、殺害したのは

この少年ひとりのイメージが強かったが、再度調べてみると、いずれも少年少女ばかりを二名殺害、三名もの負傷者を

出している。

 

改めて大変な事件だったんだな、と思う。

少年法や実名報道是非に関しての議論が沸き起こったのも当然だろう。

その「少年A」が手記を出版、これもまた物議をかもしているのはご存じのとおり。

 

私はこれを読んでないので、内容云々についてあれこれ言える立場ではない。

が、遺族の反対を押し切ってまでの出版であるにも拘わらず、未だ「元少年A」で実名を出さない。

写真も幼少時の写真を一枚だけ掲載。

どこまで逃げる気だ。

出版社も著者も、「出版の意義」を口にするが、言い訳に過ぎない。

 

この世に存在しているだけで、ラッキーだと思いなさい。

そして長く暗い闇の中で息をひそめて生きていけ。

 

 

 

 

 

国際化 その2

世界的趨勢として経済的格差、つまり貧富の差が広がっている。

私の専門分野、「性風俗」において、その裾野が広がっている(風俗嬢人口の増加)のも、その影響があるのは無関係

ではないはずだ。

 

非正規雇用者の増加などで、メインの仕事だけで食べて行くのが困難で、副業を掛け持ちせざるを得なくなる。

正業があるゆえ、勤務形態もある程度自由の利くものが望ましい。

特殊能力の有無も問われない。

性風俗が浮上してくるのも必然と思われる。

しかも金銭的にも「稼げる」というイメージがあるのも、女性がそこに流れるのを後押ししているのだろう。

 

しかし40年、50年前前なら、「稼げる」というのもその通りだったろう。

滋賀県・雄琴のソープ街(当時はトルコ風呂街)の店頭には、嬢の帰りを待つ「ヒモ」氏のクルマが列をなしていた、

というのも今は昔。

現在のように風俗産業が多様化すると客は分散。

需要・供給の法則で単価の下落、安売り合戦に結び付くのは当然。

しかも我が国は、お隣韓国とは違い「熟女マーケット」なるものまで成立する国である。

いやはや、この国で性風俗産業と無関係の成人女性のパーセンテージはどれくらいなのか。

 

性風俗の国境を考えるとき、これまでのように、日本人が札束を握りしめて東南アジア諸国へ向かうという図式ははた

して成り立つのか。

円安もあり、いわゆる途上国と我が国との物価格差も縮まっている。

風俗に於いてもそれは例外ではない。

多くの日本人が、数日間の短い休みを利用して現地へ行く。

旅費を考えれば、日本との価格的有利さはほとんど消えてしまい、買春日本人は激減。

そういう「情けない」日本男児を糾弾するフェミニストたちの勝利となろう。

 

逆に中韓をはじめ、アジア諸国の富裕層は日本へ押し寄せる。

日本女性の「優しさ神話」はまだ生きているだろうし、あこがれを抱くスケベアジア(外国)人は多いはずだ。

それが、今や安価憧れのヤマトナデシコと同衾(どうきん)できる。

スマホ片手に、日本の風俗店へ殺到する外国人は増加の一途をたどるだろう。

 

そうなれば、なぁに心配することはない。

愛娘に(この子には国際人になってほしい・・)と英語の英才教育を考えているお母さん。

英語どころか、中国語だって韓国語だってマレー語だって覚えますよ。

それも「生きた」外国語を。

 

かくして日本人も名実ともに「国際人」となっていくのです。

 

 

 

 

 

 

 

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