2016年9月

新たな展開

今日も「老々介護シリーズ」です。

イヤな方は避けてください。

 

ひと月ほど経っての「もの忘れ外来」、二回目の経過観察診療受けました。

まず私がH先生と面談、前回以降の母親の状況を色々訊いてくださいました。

関連する事項の情報をできるだけ開示する私。

その間女性看護師は待合スペースで母をリラックスさせるような会話。

30歳ちょっとくらいの若さにに見えるのにプロだなぁ・・

 

H先生と私との対話で導き出されたのが「うつ病」ではないか、との診断。

どうも認知症よりそっちの可能性が高そうだ、とのこと。

ありゃぁ、数日前にここで書いたこともあながち的外れではなかったようだ。

 

隣接する市にあるクリニックへの紹介状を書いていただき、電話予約の結果、来月6日に受診することになりました。

4日には市の福祉課の方と要介護、要支援認定のための面談。

 

事態が好転すればいいのですが・・

 

 

天は二物を

日本ハムファイターズ、大逆転優勝おめでとうございます!

 

チームの勝利なんでしょうけど、高卒4年目でしたっけ?

大谷翔平選手の存在がなければこのチームの優勝はなかったのではないでしょうか。

 

投げれば日本球界最速タイの164Kmで二桁勝利、打席に立てば打者でも難しい20本以上の本塁打で、3割以上の打率。

長身で見事なプロポーションに甘いマスク。

社会人4年にして並みのサラリーマンが生涯で稼ぐ額をすでに手に入れたのは確実。

神様、不公平ですぞ!

 

あと数年すれば、間違いなくメジャーリーグでプレーすることになるでしょう。

その時にも二刀流での活躍を見せてもらいたいもんです。

甲子園

RISEというメジャーイベントにも参戦することができました。

 

以前からも書いてますが、こういう新しい環境に身を置くと、またぞろ居心地の悪さというか、(俺がこんなところに

いるのは間違いだ・・)という「場違い感」が沸いてくるのです。

周りを見渡せば業界で名をはせた方がズラリ。

(あぁ、やっぱり俺のいるとこやないわ・・)と思うのも無理ないでしょう。

 

高校野球に例えてみよう。

Dropoutはとある地方の県立商業高校。

監督である私は、その県にある国立教育大出身の社会科教員で、当然その商業高校で教鞭をとる。

中学時代からやり始めた野球は特別うまくもなく、小学生時代は漠然とあこがれたプロ野球選手も現実に向き合うたび

にその夢もしぼんでいく。

高校も特段強くもない県立高校で甲子園への予選である県大会は、よくて三回戦進出どまり。

大学進学後もいままでやってきたから、という理由で野球部へ。

「絶対に勝つ」という雰囲気からは程遠い部で、勝った記憶はほとんどない。

レベルが高いとは言い難いリーグでの成績は、左翼手で四年間の打率は2割4、5分か。

それほど大きな感動に野球で出会うこともなく卒業、なんとか教員採用試験には合格した。

 

数年間別の高校で勤め、31歳の時にこの商業高校に赴任した。

それまでは野球部顧問ではなかったが、野球部監督の転任により監督不在の事態に。

そこにたまたま私がやってきて、野球経験者ということで私が監督を引き受けることに。

 

ここも私の出身高校と同レベル。

ベスト8まで行こうものなら大騒ぎ。

甲子園なんて別世界の高校でした。

 

監督である私は、ほとんどが就職していく状況の中で高校三年間のアクセントとして野球で思い出を作ってほしいと

思っている。

結果は少しでもいい方がいいのは当然だが、でも精一杯やってくれればそれでいいと思っていた。

 

そんなある年、何人かの才能ある選手が入ってきた。

他の強豪校と練習試合をしてもなんとかゲームを作る。

時には勝利することも。

もとより甲子園を目指してここへ来たのではない。

もちろんプロを目指す気なんてサラサラない子たちばかりだ。

しかし練習試合の結果はこの子たちに自信をつけ、それがまたモチベーションを上げる好循環につながる。

私にも(この子たちになんとか甲子園の土を踏ませてあげたい・・)という気が育ってきた。

かといって勝利至上主義には程遠い、一種のぬるさも伴った和気あいあいさは健在のままで。

 

雲の上の存在であったはずの甲子園に、この子たちは私を連れて行ってくれた。

開会式の日、そこには何度も名前を耳にした常連校がいくつもあり、当然そこを率いてきた名将たちの姿もあった。

そんな彼らを見て、私は(とんでもないところに来てしまった・・)という思いにとらわれた。

 

優勝にはもちろん届かなかったが、就職を目前にみんないい思い出と結束を手にしただろう。

もちろん私もいい夢を見させてもらった。

ありがとう。

新天地でもこのチームで流した汗を忘れないでくれ、と祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

地味な努力

ほぼ満席の後楽園ホールで行われた昨日の「RISE113」。

盛況のうちに幕を閉じました。

 

Dropoutにとっては未知の世界と言ってもいいRISEさんの興業。

控室でもなじみの顔は少ない。

 

本戦第三試合に登場の春野。

試合直前はいつになく緊張の色を漂わせていた。

パンフレット上のデータでは春野の180㎝の身長に対し、相手の花沢選手は192㎝。

実に12㎝もの身長差がナーバスにさせていたのか。

しかしゴングの時は容赦なくやってくる。

 

右の春野、左の花沢と、いわゆる喧嘩四つの状態。

そこで春野の右足が近い花沢選手の左内腿をヒットする。

小気味よい音がこの試合の手ごたえを感じさせた。

 

通常の距離ではやはり相手の長いリーチにより春野の大振りが目立つ。

しかし半歩縮まれば春野のフック系、アッパー系、さらには左ボディフックも相手をとらえる。

花沢選手も得意の膝を突き刺してくるが、春野も負けずと打ち返す。

2Rの終了間際だったと記憶するが、花沢選手の必死の反撃があったが、それ以外はほぼ安心して見られた。

パンチもいくつかもらってはいたが、その倍ほど春野は返していたと思う。

 

3Rが終わり、勝ちを確信したが、ここはアウェイともいうべきRISEである。

ドローもあるかなという思いもあり、延長戦の心づもりもしていたが、判定は30-29がふたり、30-30ひとりの2-0で春

野の手が上がった。

 

実はこの試合の10日ほど前に腰の部分の骨折が判明。

練習もやっていたので重症というわけではないにせよ、医師の診断では当然試合はやめた方がいいとのこと。

というより無理だろうと。

 

2、3日私とともに悩んだが出場を本人が決意。

試合当日の朝にロキソニンの服用、試合1時間ほど前には痛み止めの坐薬を使って試合に臨んだ。

いつもと違う緊張感はそれがもたらしたものかもしれない。

 

春野は派手さはないがよくやっていると思う。

責任のある仕事も持った中で時間をやりくりし、決して毎日練習できるわけではないが、時間をひねり出し無理ない範

囲で汗を流す。

この辺は若手も見習ってほしいところだ。

小さなことからコツコツと。

 

Dropout最年長、選手会長春野がいぶし銀の輝きを見せた日だった。

 

 

 

 

 

ボクシングかキックか

昨日、ジムのドア近くでジムの中を気にしている人に気づいた。

肌の黒さから外国人である。

外へ出て入るよう促す。

 

ひとりで来ているから日本語もできるのだろうな、と思い「どこの人?」と問いかけた。

「English」という答えが返ってきた。

どうやら日本語は話せないらしい。

 

ボクシングジムを探しているが、ここはキックボクシングオンリーかとの問い。

そうだけど、蹴りなしでパンチだけやってもいいよ、と言ったら少し笑ってた。

この辺にはボクシングジムはないのか?

数キロ離れたところにあるのを教えてやり、調べて住所と電話番号を教えてあげた。

 

しかし、全く入会可能性のないわけではない人をそのまま帰すはずがない。

いろいろ話した。

 

アフガニスタン人で日本滞在は2年。

その割には日本語できなさすぎる。

日本で仕事してるのかと訊くと立命館大学の理系の学生だという。

学生で2年も日本にいるならもうちょっと話せよ!(笑)

いくつと訊くと27歳。

えぇ~っ、私は40くらいかと思った。

外人は歳とって見えるのを差し引いても35か。

 

ボクシングやってたのか、の問いには2年間。

君ならキックをやれば三か月でプロになれるよ、などと適当なこと言って関心を引く私。

ボクシングジムとこっちを見比べて決めればいいよ、と言って別れました。

 

来てくれるかな、アフガン君。^^

寂しいねぇ・・

昨日は月曜ということでジムは休み。

数十年ぶりに、ともに汗を流した滋賀県柔道連盟近江八幡支部の仲間と飲みました。

 

私を含め11名の参加者での宴会。

いやぁ~、楽しかった。

年齢的には私と、私の中高を通じての同級生のM君、学校は違ったが、二十歳くらいで入門してきたKさんが60歳で同い

年の最高齢。

ただしKさんは早生まれなので一学年上。

唯一の先輩である。(柔道歴は私の方が長い)

 

であるからして、私は他の九人にほぼ言いたい放題。

ほぼアラフィフの年齢層なのだが、東海大や京産大などの柔道強豪大学出身のむくつけきオノコどもに対してもそれは

変わらない。

(ちなみにどん冷えの高校時代の柔道部監督であったM君も出席していました^^)

昨日の私の舌は絶好調。

各々の特徴をとらえてまな板に乗せてやり、スベリを知らない爆笑の連続をとってやりました。

(間宮先輩、マミヤセンパイ・・)ととどまることなく注がれるビールは最高でした。

 

しかし真面目な話もしました。

柔道人口の現状についてです。

 

オリンピックをはじめ、国際大会でも優秀な成績を維持している柔道。

しかしその競技人口は激減の一途をたどっている。

前にも書いたが、フランスの三分の一の競技者しかいないのが現状だ。

 

私の近くにいた東大津高校(ヤスユキの母校)の教員であるK君に訊いた。

今、滋賀県の柔道部がある高校はどれくらいあるの?

答は「10校くらいですかねぇ・・」

 

10校!?

私らのときは24校はあった。

しかも当時より滋賀県の高校数はかなり増えているにもかかわらず。

しかもしかも、団体戦(5人制)を組めるのは5校ほどではないかという。

私らは、団体戦を24校でやってた鮮烈な記憶があるのに。

 

子供の数が減っている中で新興スポーツも生まれている。

パイの取り合いになるのは仕方ないが・・

 

それでも寂しいねぇ。

もちろん我が母校の高校もとうの昔に廃部になっております。

 

ええかげんにせぇよ!

富山市議会、恥ずかしいですねぇ・・

市民の皆様は本当に恥ずかしい思いされてると思います。

 

あれは県会議員であったが、兵庫県の号泣議員でいちやく注目を浴びた政務活動費。

号泣さんはありえないほど城崎温泉に行ったことになってたが、富山市議の多くの議員は白紙領収書に自らテキトーに

金額書き入れたり、¥マークと最初の数字の間にもうひとつ数字入れて水増ししたりで8人が辞職。

セコいわ。

 

その理由について「老後の不安があった」ですと。

誰でも不安やわ!

 

この人たち辞めただけで済むんですかね。

 

RISE

一週間後に迫った「RISE113」。

72Kg契約で春野が出場します。

 

相手は花沢類選手。

190㎝とも192㎝ともいわれる大型の若手選手だ。

 

当初オファーがあったとき、未知のその身長に対して若干の困惑を感じていたようだが、すぐに振り切って切り替え

前を向いている。

その長いキャリアとともに、当然あちこちに故障を抱える春野だが、地道に汗を流す姿を若手も見習ってほしい。

 

選手会長・春野のRISE初参戦。

その名を印象付けられるか。

 

天才高校生、那須川天心選手がメインを務めるこの興業。

後楽園が熱くなるのは必至だ!

 

 

国籍

蓮舫議員が民主党党首に決定しました。

 

国籍が問題になってましたが、党首云々の前に選挙に出る前にそういうチェック機能ってないの。

今更こんな問題になってること自体が変だと思うが。

 

前に「そこまで言って委員会」に出てた30代くらいの日本に帰化した中国人女性が帰化理由を口にしていました。

「あなたはなぜ日本に帰化したのか」という質問の答えは、「その方がなにかと便利だから」。

 

こんな理由で日本に帰化するヤツもいるんです。

今は日本国籍を持ってる政治家でも、そのすべてを信じてはいけません。

 

個別サービス

先週の金曜日(9日)、なにか老人が交流できるようなところでも紹介してくれないかと思い市役所を訪ねた。

受付で相談すると「老人福祉課」というところを紹介されて向かった。

 

40歳くらいの女性に我が家の現状を10分ほどの時間話した。

そうしたら後日専門の者を伺わせます、ということになりました。

 

月曜日(12日)、ふたりの女性が来られ、母と私の四人でいろいろ話した。

これも40前後と思われるふたりの女性は、安心感を与える応対で母の口を開かせる。

母の肉体的、精神的状態はうまく伝わったと思う。

 

介護保険という言葉は当然知っていたが、その実態というものについては知らないに等しかった。

つまり彼女らはまさにその利用法について来訪されたのだ。

 

要介護5から1、その下に要支援2と1がある。

つまり要介護5が最も重く、要支援1が最も軽い。

彼女らの見立てでは要介護にはおそらく該当しないだろうが、要支援のどちらかには当てはまる可能性もあるから申請

してみましょうとのことだった。

 

恥ずかしながら、私は「申請する」ということも「要支援」などというものも知らなかった。

そしてその内容も、訪問してもらってしていただけることも多岐にわたるというのも初めて知った。

まだ要支援認定が下りるかどうかは未定だが、もしそうなれば個別の行政サービスを受けられることになる。

外国にこういう制度があるのかどうかも知らないが、いややっぱり日本ってすごいな、と思った。

ほとんどなんの役にも立ってない老人をここまで面倒見てくれる。

どこまで現行の制度が続くかは別にして。

すごくないですか?

 

ウチの母親なんかはまだホントにマシな方なのだろうと思う。

それでもかなりのストレスを感じるのである。

まだサービスを受けてはいないが、その恩恵は確実にあるはずだ。

 

久々に我が子以外の人と話らしい話をしたせいか、母の顔には生気が戻っていた。

 

 

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