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差別「改」 M

間宮です。

今まではネタに四苦八苦してたのに、書く必要が無くなった途端、身の回りにいっぱいネタが転がってます。

人生、こんなもんですね。

あ、それから今日から西尾新会長のブログと区別するために、間宮の時はタイトルのあとにMと記すことにします。

Mが見えたら読み飛ばしてください^^

 

大晦日に放映されたダウンタウンのテレビ番組が物議を醸してるそうです。

私は観てないので、ネット上で読んだ記事だけをもとにこれを書きます。

 

先ず断っておくべきことは、私はこの騒動の第一の当事者である浜田雅功のファンではない。

どちらかというと嫌いである。

そのうえで書きます。(彼を擁護するつもりで書くわけでなく、あくまで中立の立場で、という意味です。)

 

浜田が顔を黒く塗ってエディー・マーフィーに扮し、彼主演の「ビバリーヒルズ・コップ」の一部分を面白おかしく再

現したという。

それに観た在日黒人作家(アフリカ系アメリカ人)の男性が「人種差別的だ」と訴えたという経緯。

 

これだけで済んでたら特にどうこう言いません。

(これを放送した日テレが、こういう時代に配慮のハの字もなかったな、という想いはありますが。)

問題はこれを米国や欧州のメディアが取り上げてるところです。

もちろん「日本人の人種差別意識」という論調なのでしょう。

 

エエカゲンにしてほしいですね。

浜田や日テレは人種差別意識で顔を黒く塗ったのではないのは明らかでしょう。

エディ・マーフィーを演じてることを現実味を増すために彼の皮膚の色を再現しただけで、そこに差別意識はない。

 

もっと言えば、彼は顔を黒く塗っただけでなく、アフリカ系の人に多い、短く縮れた髪型にしていた。

もしこれが黒塗りの顔だけなら余計に違和感あったろうし、縮れた髪だけなら数十年前の「その筋の人」みたいになっ

てしまう。

この縮れ毛と黒塗りがなくて、「ビバリーヒルズ・コップの設定です」という説明だけなら、演者も観る側も感情移入

できないはずだ。

そういう意味で、この「黒塗り+縮れ毛」は大道具や小道具と同列のセットの一部と考えられないか。

もし松崎しげるを題材にしたコントが企画されたとして、100%の人が顔を黒く塗ることを考えるだろうし、当の松崎

氏からのクレームも100%ないだろう。(もしあるとすれば、それはコントの内容である。)

 

それを差別意識に結び付けたのは、他ならぬあなた方(欧米人)が長年にわたって積み上げてきた黒人差別の歴史がそ

ういう意識を作りだしたんではないのか。

黒人の抑圧された歴史がなかったらこんなのなんの問題もなかったはず。

日本の芸人がコントなんかで、白人役するときに異様に鼻を高くするのはなんの問題もないのに。

 

こんな状況が続くなら、今後パロディという芸術分野のかなりの部分が消滅するかもしれません。

 

※ひと晩を経て大幅に加筆、修正しました。

 

 

 

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